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ただ樹があるだけで(中原香苗コーチ)

中原香苗

今年も大好きな桜の季節になりました。

あれは、娘の5歳の誕生日を祝うケーキを買いに出かけた日。

近所の満開の桜の樹の前で、「わ~綺麗だね。ノンちゃんしだれ桜だよ」と話しかけると、「ノンノンね。大きくなったら桜の樹になりたいな。」と言われたことがありました。

驚いて「どうして?」と尋ねると、

「だって、そうしたら、ママが毎日、毎日、キレイね~と言ってくれるでしょう。」と。

胸がきゅんと痛みました。

仕事や受験勉強で忙しく、あまり、かまってあげられなかった時期でした。

子どもは親に見つめられたくて、褒められたくて、何気ない言葉もこんなに真剣に受け止めるのか・・・と思った瞬間でした。

私が、近所の赤ちゃんや子犬に微笑んだとき、大好きな歌手の曲を聴いているとき、間もなく7歳になる今でも「ノンノンとどっちが好き?どっちが可愛い?」と必ず尋ねてきます。

「ノンノンが世界で一番可愛い。あなたはママの宝物」
何千回、何万回いった言葉を繰り返し、尋ねてこない年齢になっても繰り返し心に刻んでいかなければと思います。

子どもの親に対する「愛情の確認作業」に関して、児童発達心理学に詳しい教育評論家の尾木直樹先生から、昨年度、大学の授業で学びました。

「セルフエスティームをいかに高めるか」というテーマの半年間の講義は、昨年度放映された「アイシテル」というTV番組や、実際に起きた事件の背景を探り、親が子どもに対して「条件つきの愛情」しか与えないことの怖さを学びました。(講義中に泣いてしまったり、講義後、自己嫌悪から気分が悪くなり、次の授業の地理学は、毎回、遅刻という有様・・・)

先生の著書、『「よい子」が人を殺す』というタイトルも強烈な本がテキストでしたが、その中で繰り返し登場したのが「セルフエスティーム」という言葉。あるがままの自分を受け入れ、自分を愛する「自尊感情」が現代を生きる日本の子どもたちはきわめて低く、親の前で良い子を演じる子どもが急増しているとのこと。

そして、教育熱心な家庭ほど「~をしたら良い子」「~できたら良い子」と条件つきで子どもに愛情をかけていること。

親が望む色や形の花を咲かせることができなかった子が、自暴自棄になり、人を殺め、自分が何の樹であるのかも分からなくなってしまう・・・。そんな事例を多く学びました。

一緒に学ぶ現役学生のなかにも、「自分の進路はすべて親が決めてきたので、将来、どのような仕事がやりたいのか、就職活動をしていても分からない」という大学4年生や、「あなたが国立に落ちたから、私は恥ずかしくて私は外も歩けないわ。すべりどめの私立をなぜ、早稲田にしなかったのよ!」と言われた同級生もいました。

子どもは自分の所有物ではない。神様からの授かりモノ。

生まれた瞬間の、生きているだけで嬉しく、有り難かった、あの時の気持ちを忘れてはいけないと心から思いました。

「ありのまま」の自己を親や友人にさらけ出し、それを受け入れられることで得られる安心感、自己肯定感が「セルフエステーム」を高めます。

まずは、親自身が子どもに、苦手も、弱さも素直にさらけ出せる関係をつくりませんか。

感情的に子どもを叱ってしまっても、「ゴメンネ。さっきママ、ちょっとイライラしてきつい言い方しちゃった。」と言える関係。

「ママ、今日ちょっと仕事先で失敗しちゃって落ち込んでるのよ。」

「ママね!すごく頑張ったよ。褒めて、褒めて~」

と、喜怒哀楽を表現できる関係。

良い父親、良い母親を演じようとして無理をしていませんか。

今、このホームページにたどり着いたあなたは、きっと、頑張りすぎているパパ、ママさんが多いと思います。

隣の樹でどんな花が咲いていようと「あなたという樹は、ただ、そこに存在するだけでいいだよ」「どんな花が咲いても、花が咲かなくても、ママはいつも樹のそばにいるからね」「ママはどんな樹より、この樹が大好き」

ずっと、言い続けていたいと思います。

子どもにとっても親は、ただ、存在するだけで愛おしく、完璧な樹である必要も、特別な花を咲かせる樹である必要もないのですから。

 

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